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by kun_puu
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ありがとうございました。

                                      旧暦7月27日
 ―といつも旧暦で始まるけれど、今の暦では、もう明日から9月なんですね。
 家の周りでは、立秋あたりから秋の虫たちが鳴き出し朝晩とすっかり涼しくなりました。
 でも、日中暑いとミンミンゼミが残り少ない時を張り切って鳴いています。このまえツクツクホウシの声も聞いたので、ボチボチ鳴き出したようです。
 今日は、少し暑いです。

 私はというと、すでに10ヶ月にはいって、とりあえず片付けと、出産準備を整え、後、ボチボチと残り仕事をやりながら、その時を待つばかりとなりました。
 先日少しばかり動きすぎたようで、腰が痛くなってやばいな~って感じでしたが、今は何とか何とか…
 でもボチボチと腰が痛かったり、お腹が張りやすくなったりと体の方もいろいろ準備をしているようです。

 あとしばらく出来ることはやりつつも、おだやかに出産の時を待ちたいと思います。そして、せっかくの機会なので、これまで体験しなかった事―上の二人は陣痛から始まって病院に行ったので、破水も臍のうも、胎盤も見ていないんですよねーそれらをちゃんと自分のものとして、そしてそれ以上の何かを味わいたいと思います。

 あと予定日まで18日あるけれど、とりあえず、これで当分パソコンから離れたいと思います。いつかまた出産の報告だけはさせていただこうと思いますが、パソコンと向き合うよりも、今この瞬間と向き合っていきたいので、当分クローズさせていただきます。

 つたない文章にお付き合い下さって、本当にありがとうございました。このブログで知り合えた方々に感謝いたします。

 大きな愛と、平和に包まれた地球を願って―
 
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# by kun_puu | 2005-08-31 13:20 | 風薫る

マイナスする生き方(2)

                                      旧暦7月20日
 昨日は、朝から雨が降り、午後は上がったものの、また夕方気付けば雨。
 今日は雨は今のところ降ってはいないものの、8月とは思えない涼しさです。

 早いもので、とうとう臨月に入りました。
 あと予定日まで4週間を切り、相変わらず片付けをしながら、出産に備えての準備も始めました。
 ちょっとドキドキです。

 出産じたいは初めてではないものの、二人とも病院で産んだため、というより産ませてもらったため、どこかよく解らないまま、言われるがままで何の主体性もなくそしてせっかくの感覚をしっかりと自分の物として味わうことなく終わったので、今回は、せっかくの機会なので、それももう最後かもしれない(でももうすでに今からあと一度味わいたいとどこかで思っているけれど) ので、しっかりと自分の感覚として経験したいと思っています。

 -ところでー

 気付けば、常にもっともっとと取り入れるところに重点をおき、溜め込もうとしてきたように思います。

 物を大切にするということが、どこか履き違えてただただ捨てられないだけだったり。(実際使わないと意味無いと思うのです) 愛着、執着、なんとなく…

 また、今の世の中、本来単に使い捨て目的で作られているには使い捨てするのがもったいないくらいしっかりと作られているかと思えば、‘1◎◎円ショップ’のように使う目的があるにかかわらず、すぐに壊れてしまうようなお粗末なつくりのものがあったり。
 安けりゃいいという感覚で壊れたら最後修理がきなかったり、修理するより新品のほうが安く買えたり、まだまだ世の中経済中心の世の中で、リサイクルなんて便利にまやかしに使って言うけれど、???と思うことしばしば。
 
 突っ込んで考えれば考えるほど、矛盾と欲望・目先の事にとらわれた姿が浮かび上がって 「あ~、なんでこうなの!!」と思ってしまう中で、自分は何を選択していくか。いつもそれに尽きるように思います。

 物質的な物の他にも、食べ物でも同じく。

 食べ物自体の質もそうだけど、マスコミのおどろされて、‘〇〇がいい’と聞けば、売り場からその姿が消えてしまうこの異常。
 日本に住んでいる人には、ほんとうに昔から日本で食べられているものがいいに決まっているのです。だからこれまで絶えることなく食べられてきたのではないでしょうか。最近まで。(今では洋食や、輸入物に押されて、そして作られた流行によって食べられなくなったりする物のもありますが)

 それをいまさら科学的に成分を調べてあれに効く、これに効くなんて、ナンセンスだと思います。
 それも偏った見方のみでどこか偏った不自然な事に気付かずに。
 本来きちんと食べ物で取り入れるはずの栄養をいまや様々なサプリメントいう形で取ればいいという安易な考えだったり。
 もちろん今、どうしても必要とする人もいるだろうけど、それがずっと必要な世の中って?

 そしてまた摂り入れることのみに重点をおいて、気付けば不自然な、そして不要なものをたくさんからだの中に取り込んでいたりしているのです。
 いまや、様々なものに、防腐剤が使われ、それを一緒に食べているため、今の人は、死んでもすぐに体が腐らなくなっているそうです。 ゾゾゾッ!!!
  
 食べ物もまた、取り込むこと(食べる事)も大切だけど、体に溜まった不要なものを出す事のほうが今、もしかした肝腎なのかもって思います。

 ―そういう意味でやっぱり『マイナス的生き方』が必要になる気がします。
 


   
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# by kun_puu | 2005-08-24 13:11 | 気になる事

マイナスする生き方 (1)

                                      旧暦7月16日
 近頃ハマッている事―。

 片付け・片付け・片付け!!
 そもそも、もうじき生まれる赤ちゃんのために、必要なものを出したり、いらないものを片付けたりし始めたところに、ちょうどいいタイミングで友人から『ガラクタ捨てれば自分が見える』 (小学館文庫)を借り、もうハマリまくって、これまでなんとなくもったいなくて捨てられなかったもの(使うかな~とか、なんとなく、なんとなく…)などなど。気がつくと本当にいろんな物があります。

 それらをこの際思い切って処分しようと始めたらなんか気持ちいいんですよこれが。

 ついついありがちなパターンとして、ほかしたあと「あ~あれほかさんかったらよかった」なんていうこと。 (あっ、ちなみに‘ほかす’とは‘捨てる’の関西弁です)

 でもね、借りた本を読んで、ハッとしました。
 そう思うから思った現実がやって来るんだと。
 そして以前に、万が一のためという保険をかけるような生き方はやめよう(手放そう)と思っていたのに、実際生命保険なんかはすべてスッパリとやめてしまっていたのにもかかわらず、まだ残っていたんですね、いろいろと。(あれば必要な時便利かもしれないとか思って…)
 ―で、気がつけば、いろんな物がたくさん溜めていました。
 
 まだまだ途中ですが、いろいろ片付けていくにつけ、本当に必要なものってそんなに無いよな~と言う事をつくづくと感じています。

 必要なものは手に入る(自分で買う事もあるだろうし、貰える物もあるだろうし)。そして、手に入らないものは結局のところ必要でなかったもの、又は、今は必要でないものと言う考え方がありますが、肝腎なのは、如何に手放すかと言う事なのではないかと思います。

 つづく・・・
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# by kun_puu | 2005-08-20 17:18 | 気になる事

飛んで日にいる夏の虫?!

                                      旧暦7月2日
 今日の午前中、今年初めてのミンミンゼミの声を聞きました。
 少し前から本当に蒸し暑い日中アブラゼミも少し鳴くようになりましたが、でもたくさんいるのはニィニィゼミとヒグラシのようです。

 午前中太陽が照らしとても外に出る気にはなれない、と思っても、比較的午後からは少し曇りがちになりやすく、今日も日が陰ってヒグラシの合唱の中、ゴロゴロ聞こえ出し雨が降りだして、涼しくなったのでホッと一息と言ったところです。

 そうでなくても、夕方4時ごろからすこしづつ日差しも弱まり、ちょっと外作業をしようかなという気になるのですが―!!

 出て来ましたね~、アブです!
 主に二種類いて、ひとつはシロウアブと言いこちらの山地方では『オロロ』と言います。
 もうひとつはそれより大きくウシアブと言って、こちらの方ではそれを『アブ』と呼んでいるのです。(どっちもアブやんか~と思うのですが…^^;)

 やっぱり刺すんですね~これが。蚊と同じくメスしか刺さないものの、大きいだけに刺された時に痛いです。(少し) それに大きいだけあって羽根の音が少し怖い感じです。

 きれいな水のある山にしか生息しないそうで、水のきれいな証拠でもあるのですが、二酸化炭素に反応して集まってきます。車の排気ガスにも!!(何か矛盾を感じるのですが・・・) なので川沿いなんかで車のエンジンをかけっぱなしだと大群に襲われる事もあります。
 今住んでいる所はまだましですが、以前住んでいた所は、それはそれは恐ろしい光景で、止まった車にアブ達が、体当たりしてくるのです!! なので、窓を閉めエンジンを切ってアブがあきらめるまでしばらく暑い中じっと我慢をするっと言った具合でした。

 そんな事があったのと比べるとほんと今はへっちゃらですが、それでも朝夕の涼しい時間帯に出てくるので、作業をしているとブンブンとまわりにたかられてきます。立っていると結構大丈夫だけれど、しゃがんだ途端に!
 本当は立っていても足元には飛んでいるけれど、それはそんなに気にならなくって、やっぱり顔辺りに来ると… それに他のブヨや蚊と違って大きいので服の上からでも刺されます^^; 
 痛いのですぐ払いのけるためにそんなにひどく刺される事も無いのですが、、、
 でも焦って払いのけたり逃げてもかえって追いかけてくるので、冷静に対応したほうが身のためです。 

 刺す虫のいるこの時期は、食べ物にも気をつけたほうが良いようで、肉食の好きな人や、タバコを吸う人、お酒の好きな人が周りにいると、私としてはとってもラッキーな具合になります。

 でもちょっとどんくさい(?)ところもあり、止まってもすぐに刺さないし、ちょっと飛び方も下手(?)な感じで、先日も家で座って話している周りをブンブンと飛び回っていたのですが、何を思ったのか突然ひっくり返って落ちてきて??? 蚊なんかよりもずっと簡単に捕まえる事が出来ます。 

 今日も子供達が捕まえ(生け捕り) まるで‘わらしべ長者’のように紐で結わえて飛ばして遊んでいました。それを自転車にくくりつけ外を走り…最後には猫に食べられてしまいました…^^;
 ちなみに犬も飛んでいるのを上手に捕まえて食べてしまいます。

 アブは、八月に入ってぼちぼちと出始め、お盆頃をピークにその後の雨に打たれてげきげんしてしまうので、一月もない命なのですが、今結構雨が降っているので少し減るのかしら?
 昨日の夕方今年初めて散々たかられたからねっ
 
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# by kun_puu | 2005-08-06 16:39 | 日々の暮らし

始めれば始まる―今がその時

                                      旧暦6月28日
 一週間ほど前に実家へ4日間帰っていました。

 それまで家の辺りはわりと曇りがちで、出かける前日~当日の朝は本当に涼しいくらいだったためそのギャップは大きく、おまけにエアコンの効かない車のため道中日が差し込んでくると、おまけにいったんどこかで止まったりしたなら本当にもう暑かったです。

 それでも途中、道沿いに田んぼのあるところの風は幾分涼しく、アスファルトやコンクリートに固められたところはなんとも言えない暑さでした。
 それに、山沿いではヒグラシが鳴き、街ではアブラゼミが鳴き、その声の違いだけでも涼しく感じたり暑く感じたり。

 車社会の世の中、効率重視の世の中、道は車のために浅はかな知識でアスファルトに固められ、一見スムーズに走れるようになってはいるものの、本当に車のために道がよくなっているかは疑問で、まして本当にそれが人の為になっているかは―?

 世の中いろんなところで、ただ効率だけを求めて何か悪循環に陥っている事がたくさんあるように思えるのです。
 効率良ければそれでいいの?
 効率悪ければダメなの?

 一つそこにメスを入れた言葉が、今流行りのスローライフ・スローフードだったりするのでしょうが、ともすると言葉だけが先走り、また便利に使われ怪しげになっている所も無きにしも非ず…

 もっと大きな目で広い心で全体を見渡しその大きな流れをしっかり感じ取る事が必要なのだと思うのです。
 すべては切れ切れに存在するのではなく、繋がりあっているものだから。
 すべては別々の現象ではなくただ形を変えてそこここに現れているのだから。

 でもつい迷ってしまいます。つい惑わされてしまします。そして悩んでしまします…
 
 大いなる本質から離れてしまっているためでしょうか。
 
 きっともうこれまでのやり方は、どんどんうまくいかなくなっていくのでしょう。お手軽だったり一見効率良かったり・・・
 
 でもすべてに於いて無駄な事は何一つ無く、遠回りをしたようでも、そこから学ぶ必要があったからでしょう。それこそ一見効率悪いようでも、戦争を知らなければ真の平和が見出せないように。
 そうは言っても一体何度同じような過ちを繰り返せば気付く事が出来るのでしょうか。
 もう同じ繰り返しをやっている余裕などきっと無い気がします。
 すべては今しかないのです。 今では無かったら一体いつその時がやって来るのでしょうか。

 今からでも決して遅くは無い、始めれば始まる。

 ―すべては自分へのいましめの言葉―
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# by kun_puu | 2005-08-02 15:45 | 自分との対話

ソンナフウニワタシモナリタイー

                                      旧暦6月16日
 この10日ほど前からヒグラシが鳴き出し、少し日が陰ったりするととたんに、ヒグラシの大合唱が始まります。この声を聞くとほんと涼しげなので、ホッとします。

 このところは、日の陰り具合と、ヒグラシの声を聞いて、夕方近くから外作業に出るといった過ごし方です。
 基本的にどちらかというと暑いのは苦手だし、今はあんまり長い時間草を刈ったりしゃがんでの作業は負担になるので。―とかいいつつも、涼しくなる夕方、近頃は虫も少なく作業がしやすいので、ついつい手元が見えなくなるまで畑にいて…^^; 

 本当は、日中は日向でも町に比べると涼しく(特に川沿い!) 比較的風のあるところなので外にいても鳥や虫の声を聞きながら作業をすれば気持ちいいのですが、う~ん、、、今年はあと二ヶ月足らず、ちょっと無理しないでおきます。^^;

 ところでー

 いつもいつも思う事は、目先にとらわれず、本当に大切な事は何か、ということ。
 どのように日々過ごすかということ。

 生きる為には食べる事がやっぱりまず大切で(生命維持というところからも) 何を食べるか、如何に食べるか、誰と食べるかetc。
 そして、どのように作るか。(作っているときの気持ちetc)
 それを軸に、田畑で自分たちが食べていくものを作るというところに立って、その場所でもどのような気持ちで作業するか。
 ここには何人かの人たちがそれぞれの田畑を自分で管理しているので、その姿を見ていると、何かその人らしさというか何かそんなものを感じます。

 そんな中で感じる事は、与えられた情況に文句をいわず、今出来ることを淡々とこなしていく事じゃないかと、そんな謙虚な気持ちが大切なのかな~と。
 焦ることなく。
 あ~、私自身、本当にこれが大切なのだろうとつくづく感じますが。

 つい頭を使って考えてしまうんですね。だからあ~だこ~だ思って心配したり不安に思ったり、イライラしたり焦ったり…
 頭を使う訓練、知らず知らずのうちに随分とさせられて(?)きたもので、感覚を信じる事が出来にくくなっています。感覚は、どことなく不確かに見えるところがあるから、というよりちゃんと証明できないものは不確かだと教えられてきたから。

 でもこの辺の事を伝えるのはとても難しい。(と思ってしまっている、だけかもしれないけれど)  なぜかと言うと、中には、あんまりにも自分でちゃんと責任を持って生きていないと思われる人もいるから。
 今のまわりの状況を判断したりしながらその中で自分に出来る事を判断せずに、いわゆる指示まちと言うかお任せと言うか、責任をとらなくてもいい楽ちんな道を選んでいるように思われる人が・・・
 なんて本当はとてもえらそうな事いえる私ではありません。(ゴメンナサイ…;)

 やはりこれも、指示によって動く事を訓練されてきた、そんなものを感じています。
 あと、人の言っている事を素直仁信じない。(^^) よく「うそ~?!」なんていったりってあるでしょ?! その反面ある種の力(?)のある人の言う事(特にテレビなどで有名な人) になると即鵜呑みにして振り回されたり。
  
 もっと自分自身を信じて自分の力を信じて、見えているものは氷山の一角と言う事も忘れずに広い大きな目を持って与えられた事を淡々とこなしていける。そんな生き方ってかっこいいな~なんて思うのです。
 ソンナフウニワタシモナリタイー
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# by kun_puu | 2005-07-21 11:23 | 私のテーマ

穏やかな大地を歩く

                                       旧暦6月2日
 今日は今の暦でいうと、七夕ですが、朝晴れ間もあったものの、土砂降りです。やっぱり梅雨の時期の七夕というには、どうしても雨になりがちですね。
 ちなみに、旧暦ではあと一ヶ月ほど先なので、梅雨も空けて星空が見られる可能性が大ですね。今の暦では、本来の意味がなくなっていることがたくさんあります。

 ところで、今日、初めて、コーチングというものを受けました。

 占い兼コーチの田舎暮らしのよもやま話というホームページを持っていられる方で、随分と以前に知ったのですが、知ったときから興味は引かれつつ、今日になったというわけです。
 でもきっと今日がちょうどいいタイミングだったんだと感じています。
 
 今回、お試しサンプルセッションでさせて頂いたのですが、はっきり言って受けてよかったと思います。
 以前から、自分お心と体と向き合う事は、とっても大切のことだと思っていて、あるところまでは、何か本などでその導きにより向き合ったり、いろんな人との出会いなどによって自分を見つめ直すきっかけとしたり出来ますが、こうやって、新たな視点を与えてもらえた事は、とってもいい機会だったと感じています。

 恐らく時期的にも、最近見えない世界はあるしそれは無視できないし大切だけれども、そのことを知りつつも、(あっ、でも特に詳しいとかというわけではありません…^^;)でもこの三次元で生きている私にとって、この世界をこの今生を大切に生きたいなと少し前から感じていて、今回はっきりと、見えない世界、広がる宇宙を感じつつも、この地球の大地を穏やかな大地を歩いていきたいという事が分ったように思います。

 やはり身近なところから、そう、暮らしの部分を大事にしたい―決してちゃんと出来ているわけでは無いけれど―特に生きていくためには、食べる事、それに繋がる田畑の事や体への影響なども含めて。

 そしてそれは自然に添うということ。
 私たちがやっている自然農というのは、いかに自然に添うかという事、その中で今出来る事をする。よけいな事をしなければちゃんと育つと―。
 自然農の考え方は、そっくりそのまま子育てに対する考え方だといつも感じています。
 また今回、出産に関する本を読んでいると、いかに自然に添うか、そしてよけいな事をしなければ問題は生じないということが書かれていて、やはりーと。

 ただ、この自然に添うこと、よけいな事をしないと言うことは、しっかり見極めないといけない難しさがあるように感じますが。いかに自然と離れてしまっているかという事でしょうか。

 より深く自然を感じていきたいと思います。そして、昔の叡智を取り戻したいと―。
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# by kun_puu | 2005-07-07 13:54 | 私のテーマ

生き方を問う

                                       旧暦5月26日
 雨が降り出したと思ったら、降る降る!! そんなにまとめて降らなくても~と思うくらいに、この二日間ものすごい雨降りでした。
 去年の台風ほどではなかったものの、それでも台風並みの川の流れ。ちょっと冷や冷や;

 ところで、今回の妊娠は、本当に、いろんな意味で、自分と向き合ういい機械になっています。

 自分の体と向き合う事。心と向き合う事。それは生き方を問い直す一つのきっかけであり、これまでの見直しとこれからどうしていくかという問いかけの作業です。

 その一つは、やはり食生活。普段から何を食べるか、調子の悪いとき職の観点から何を食べればいいか、何を食べないほうがいいか。
 改めていろいろと勉強になった気がします。
 そして自分の感覚を研ぎ澄ます事、信じる事。無視しない事。
 これはすべての事に当てはまると思われることですが。 

 同じ家族であっても本当に必要としているものはその人それぞれ。同じ人であっても、その日の天気や気分、労働の仕方、体調で異なるもの。
 それらを本当に把握してご飯を作るということは並大抵の事では無いと感じています。
 まぁそこまで細かく神経を使って日常ご飯を作っているわけではありませんが、厳密に見ると食べるということはそういうことなのだろうと思います。もちろん、それ以外に、楽しくよく噛んで感謝してということもありますが。

 食べる事に繋がって、心のあり方。
 それは、どう在りたいかという事であり、本当に大切な事は?
 
 ふと感じた事が、実はとっても重要だったりする事はしばしば。すぐのその意味は解らない事もあるけれど、振り返ってみると、繋がっている事が良く分るものです。

 特に今回自宅での出産を考えていて、これまで以上に、自分と向き合い、いき方を問い掛ける事となっています。

 本当に何が重要か。―それは結局のところ自然な中で生かされている生き物のひとつの散在であるということ。ということは、自然の流れ有無死して生きていけるわけではなくそれは外側の自然であり内なる自然であり。
 自然の流れにそう生き方―それはどういうことなのか。どうすればいいのか。 
 その中で、私自身どうしたいのか、どうすればいいのか。

 それは、6年前、子供が学校に行かない生き方を選択した時と同じ事。

 流されない、ただ任せない。 自分の行き方を問いかけ本当に大切な事は何かと探って感じて思考錯誤していたあの頃。
 何が正しいかなんと本当の事は誰にも分らないし、今選択した事がいいとか悪いとかなんて分るわけがないけれど、ただ、今の自分に正直に、無理せず納得できるやり方、そして、何より自然な理に添う生き方をしようとただそれだけのこと。

 …何か今日はとってもアバウトな書き方になってしまいましたが、一つ脱出して気持ち新たにという心境で、気持ちを引き締めるそんな気分なのです。 
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# by kun_puu | 2005-07-02 11:32 | 自分との対話

八ヶ月に入って

                                       旧暦5月22日
 昨日から本当にようやく入梅という事で、久しぶりに、降水量としてはたいして降ってはいないものの、雨が降りました。夕べ、ようやく蛍の飛んでいるのも見たし…^0^(数はほんと少ないけれど)

 ホッとするものの、まだまだ出来ればこの一週間ぐらいのうちにやってしまいたい作業が逢って、お天気と体調を見て出来るだけやりたいと少々焦り気味だったり…^^;
 なんせ、先週ぐらいから急に蒸し暑くなり出したのと、月・火・水と三日連続で出かけたために疲れてしまったのと、そして8ヶ月に入るころから急にお腹も大きくなりetc、いろいろ重なったために急に動きが鈍くなってしまい、まだやる事はあるのに―と気持ちが焦っています。

 そして昨日、8ヶ月に入っての検診に行って来ました。

 赤ちゃんは順調に大きくなり、とっても元気です。(本当に良く動く!!)―が、私の方はもともと血圧が低くなりやすい傾向があるのですが、上が100を切っているためにだるさがあるのと、貧血の検査でも引っかかってしまい…

 以前から助産婦さんに、貧血に気を付けるようにと言われていて、食べる物もなるべく―と思ってはいたものの、ここ最近忙しさにかまけ(?)よく考えてみるとちゃんとは食べていなかったな~と反省。

 いろいろ調べてみると、どうも低血圧の人は貧血になりやすいとか…
 そして、口から入れるものはもちろん大切だけれども、食べたものをいかに効率よく消化・吸収し、いらないものは体の外に排泄できるかー、そんな体作りこそが大切で、そんな人が本当に丈夫で健康なんだとわかりました。もちろん、そんな丈夫な体になるためには、やっぱり口から入れるものそして心のあり方などが大切になってくるのですが。

 以前、何を食べても大丈夫な元気な人というのは、七代前の先祖に感謝をしなくてはいけないという話を聞いた事があります。そうして、いろいろと繋がってくるのですね。
 そして、今いろいろと出てきている事は、いろいろ気付く事が出来るチャンスをもらったという事で、それはそれで感謝すべき事なのだろうと思います。

 私も、ようやく少しずつそんな繋がりがわかってきたように思います。以前だったら、なんかだるいと思っていただけだったり、そんなだらだらしてしまう自分を責めて焦ってばかりいて悪循環だったそんな事が、いろいろ納得いったり、どうすればいいかが自分で分ったり。

 とりあえず、昨日の晩、生姜湯湿布というものをしました。
 70度くらいに温めたお湯に、すりおろした生姜を入れ、そこにタオルを浸して絞り、お腹とこそをそれぞれ20分ほど暖めるのです。鍋の生姜湯はさめないように沸騰させないようにトロトロと火にかけて、タオルがさめれば何度も絞りなおして暖めるのですが、もう汗が噴出してきます。
 でもね、終わった後の爽快感!!^^ まるで温泉に入った後のようで、だるかった体とちょっとボーっとしていた頭がその一回でかなりすっきりとしました。

 あと生まれるまでの2ヵ月半ほど出来るだけの事はやりたいと思うので、外からの手当て(生姜湯湿布&コンニャク湿布、そしてお灸)と、体の中に入れる食べ物、また心のあり方・持ち方など、うまくバランスを取って、過ごしていこうと思います。

 話はそれますが、今日で、結婚13年目になりました。
 知り合ってからだともう20年になります。 
 いろんな意味で、逢うべくして出逢ったのだとつくづく感じます。お互いクリアーしていかなければいけない事も―^^;
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# by kun_puu | 2005-06-28 13:19 | 日々の暮らし

偶然と言うものは無い

                                       旧暦5月11日
 毎度ご無沙汰しております。
 今年の田植えは手伝いに来ていただいた方のお陰で、予定より早く終わる事が出来ました。やはり人数があると―有難い事です。

 -とホッとする間もなく、次に控えるは、夏野菜や大豆・雑穀の定植、麦刈り、草刈…。

 雨降って欲しいな~…
 わずかに降るものの、この時期やっぱり降るものは降ってもらわないとね~。

 ところで―。

 つくづく、いわゆる‘偶然’というものは、本当にないんだと改めて思う事が。
 偶然に見えるだけのことで、すべてはそうなるべくしてなっているー。

 家の外に、お地蔵さんというか、石像があります。(恐らく大日如来を模倣しつつも、薬師如来が入っているそうなのです。)去年友人を通していただいたものです。数ある中から、たまたま一体選ばれて。
 そして、もう一つ。家の中に、大黒さんのかかれた屏風があります。これも去年、取り壊される家からいただいてきたものです。

 この薬師如来(大日如来)さんと、大黒さんが、この家で逢うべくして逢ったという話なのです。
それも、すぐ近くの清水に祭られている観音様のところへ行って業をするために。

 これは、こういうことが分かる人を通じて知った事ですが、いろんなお話を聞いていて、偶然のようで、偶然というものは、何一つないんだなと思いました。私たちが、この土地に来た事も。

 昨日も、たまたま、家のだんなが外に出ていた時、去年の台風で崩れたところを工事に来ている人が「あそこの木を切らなー」という話し声が聞こえてきて、どう見ても、それは、家の前の川渕に生えているタラの木のようで、工事の人に話を聞きに行くと、ダンプを通す為に切るとの事。
 家のだんなは、毎年タラの芽を楽しみにしているので切らないで欲しいとお願いして、どうやら切られずには済みそうですが。町の人は、春になると、山菜、山菜と言って車でやって来ては、どっさりと取って行くのに、本当に無神経!!

 でもこの事は、切られたくないタラの木と、切られたくない私たちの何かが通じて、この話を聞かされたのかと思うと、たまたま外にいて話が聞こえる所にいたのでは無いんだな~と思いました。
 
 そんな風に、すべてを見てみると、本当にあちこちにメッセージなり、何かのヒントなりが散らばっているようです。気付ける者だけが解るオープンシークレットですね。
 
 もっとこれからより注意深く意識的に過ごしていきたいなと思います。
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# by kun_puu | 2005-06-17 12:00 | 気になる事